咲かないクロムヨウランこそ本物!?

硬い蕾のままポトリと落ちる。  澤完氏(もと高知大学教授、故人)が1981年発行の高知大学学術研究報告の「高知県中部のラン科植物」の中で、 クロムヨウランについて「開花することなく結実する」と書いておられます。
 しかし、手元の図鑑(カラー版 野生ラン 家の光協会発行)には大きく開いた花をつけたクロムヨウランの写真が載っています。 そして「花はおそらく晴天の日、朝に平開する」と記されています。
 ホームページやブログなどに載っている写真も立派に花を咲かせたクロムヨウランがたくさん載っていて、固い蕾のままのは見当たりません。
 澤先生の説に従えば、これらはすべてクロムヨウランとは違うものだということなってしまう。

 「開花しない」という澤先生の書き方がおかしいのではないか?
 この疑問をある研究者にぶっつけたところ、「間違っていない」を言って見せてくれたのが、下記の資料です。 これは 植物学雑誌(THE BOTANICAL MAGAZINE) 第45巻(昭和6年)で、この中で本田正次がクロムヨウランを新種として発表しています。 ラテン語はその原記載であり、日本語のほうはその解説ともいえるものですが、これも本田が書いたものです。

↓THE BOTANICAL MAGAZINE Vol.45 No.538 P.471-472

Lecanorchis nigricans Honda sp. nov.
  Terrestris, saprophytica, erecta, 20-30 cm alta. Radices crassiusculi, flexuosi. Rhizomata lignescentia, adscendentia. Caulis caespitosus, rigidus, laevis, nigrescens, gracilis, teres, vaginulis dissitis squamiformibus deltoideis ornatus. Spica sublaxe pluriflora, 4-10 cm longa, bracteis deltoideis acutis squamiformibus, ovario multo brevioribus. Flores erecto-patentes v. erecti, 3-4cm longi. Sepala et petala
glabra, 12-13 mm longa, contigua, tubuliformis. Ovarium cylindricum, gracile, glabrum, 1-3 cm longum, calyculi dentibus obtusiusculis, brevibus. Capsula cylindrica, 2-3 cm longa, nigra, cum calyculis dentibus dehiscens.
  Nom. Lap. Kuro-muyoran (nov)
  Hab.
Hondo: Iwada, prov. Kii (K. Kashiyama, no. 15, anno 1929); ibidem
  (K. Kashiyama, anno 1931-typus in Herb. Imp. Univ. Tokyo).
Planta endemica.

↓THE BOTANICAL MAGAZINE Vol.45 No.538 P.494

くろむえふらん (新稱)
むえうらんニ比シテ茎が細クテ硬質、針金状ヲ呈シ、且ツ光澤アル黒色ヲ呈スル。 花ハ正開セズ、花被ハ相接シテ円筒状ヲナス。又花期ガ遅クテ七月中旬ヨリ八月中位咲キ続ク。 勿論新種デアルカラ Lecanorchis nigricans Honda ト云フ学名ヲ命ジタ。 紀伊國西牟婁郡岩田村デ樫山嘉一氏ノ発見スル所デ、宇井逢蔵氏ヲ通ジテ送リ来ツタ標本ニヨル。

 花が開花するか、否か、肝心なところは、原記載には contigua, tubuliformis と書かれています。
contigua は英語のcontiguous(接触する/接近した)、
tubuliformistubuli「管状の」と tubuliformis「形をした」)との合成語です。
 日本語のほうは正開セズ、花被ハ相接シテ円筒状ヲナスと書かれていますが、当然ながら原記載と一致します。

 こうして原記載にまでさかのぼってみると、澤先生の、クロムヨウランは「開花せず」は順当な結論だと思えます。

2015/3/9

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