咲くはトサノクロムヨウラン

 クロムヨウランの開花を見るのはなかなか難しい、というのは常識になっていますが、  トサノクロムヨウラン  トサノクロムヨウラン ここ数年間の経験で私はここ土佐では「クロムヨウランは花を開かない」と達観していました。 私の友人の一人からも同じ体験を聞きましたので、いよいよ間違いないと確信していました。
 ところが、今年別の友人から「花が1つ咲いている」という電話が2・3度あって、 8月9日早朝6時過ぎ「いま3つ咲いている」との知らせ。  朝食もとらず、カメラと三脚を手に飛び出して、現地に着いたのが8時ごろでした。
友人の「少し凋み始めたようだ」との言葉に慌てて撮影を始めましたが、 これが記念すべき開花クロムヨウラン第一号となりました。


 ところで、澤完氏(もと高知大学教授、故人)が1981年発行の高知大学学術研究報告の 「高知県中部のラン科植物」の中で、次のようなことを書かれています。
Lecanorchis nigricans Honda クロムヨウラン
開花することなく結実する。

Lecanorchis nigricans var. patipetala Sawa var. nov. トサノクロムヨウラン (新称)

雑木林の林床で、花茎や花蕾の形態がクロムヨウランとほとんど変わらないで開花しているムヨウランを発見。  クロムヨウランと比較した結果、明らかな相違点が認められたので、ここに新種として発表する。以下にクロムヨウランと比較した本種の特徴を列挙する。 @ 花茎はいくらか細い。  A 花穂の節間がやや短めで、花が密に感じられる。 B 花はいくらか少ない(3〜12花)。 C 花蕾が大きくなる。  D 花は平開ないし半開し、クロムヨウランのように未開花のまま結実することはない。 E 花色は紫色に着色した部分が少なく、色も薄い。 即ち、唇弁の先端のみ着色している他は、かすかに淡黄褐色を帯びた白色である。 F 唇弁は本種の方が先端部の円味が強くて、浅いシャクシ状である。  G 唇弁先端部の毛が長く、その先はほとんど分枝しない。まれに分枝する場合も2分する程度である。 H 芯柱は長細く、葯帽の上部が狭くなり、その先端部は中央で凹む。
 先生は高知県中部において、クロムヨウランを17箇所で、トサノクロムヨウランを2箇所で確認しています。やはり花の咲いたものは珍しかったと想像されます。  咲かないクロムヨウラン  咲かないクロムヨウラン これはこの地域に限ってのことでしょうか、ホームページや図鑑などでは花の咲かないムヨウランのことは書かれていません。
 先生はこの研究報告の中で クロヤツシロラン Gastrodia pubilabiata も新種として発表していますが、こちらは名前も良く知られ、全国あちらこちらで見つかって分布域を広げています。 しかしトサノクロムヨウラン Lecanorchis nigricans var. patipetala の名はほとんど認知されていないようです。
 先生の説どおりにいくと、全国でクロムヨウランの花だと思っていたものは、すべてトサノクロムヨウランだ、ということになります。 図鑑やホームページに載っている花の開いたクロムヨウランの写真も差し替えなければなりません。 私など素人は、花を開かないものをトサノクロムヨウランと呼ぶ方が受け入れられやすい、と思うのですが・・・


 花を咲かせるものと咲かせないものと、一方がトサノクロムヨウランであるにせよ、あるいは両方ともクロムヨウランそのものであるにせよ、 今年の夏はうれしい体験をしました。今のところ、クロムヨウランには花をなかなか咲かせないタイプと花を割合良く咲かせるタイプがある、ということで自分の頭を整理しておきます。
 近くの里山で6年間花を咲かせず私を悩ませてきたムヨウランよ、お前は変わり者などではなく、お前こそがクロムヨウランだ、と紹介された先生に感謝しよう。  

2010/8/13

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